エピソード紹介集。172回の逆プロポーズ
「あさひさん!結婚してくださいっ!」
今日の私は完璧だ。 白ニットにふわふわのミニスカート、ニーハイブーツにゆる巻MIX! いつもより少し濃いめのチークに、うるツヤリップ。
そして極めつけの上目遣い!!!
「…ご、ごめんね。」
困ったように頭を掻きながら、視線を伏せた。…私の大好きな彼。
「い、いいんです!分かってましたし。
とりあえず、お仕事行ってきますね!また夜に!」
…プロポーズは失敗に終わった。今日も。
26歳、アパレル企業勤務。お世辞にもホワイトとは言えないけど、 毎日楽しくやり甲斐を感じながら働けている点では、感謝している。
そしてさっきの彼はあさひさん。29歳。IT企業勤務で私の彼氏歴4年。
通勤電車の中で一目ぼれして、ストーカー顔負けのアタックで やっと成就したこの恋。
すきですきで大好きで、押しかける形で同棲をスタートした。
そしたらもう、次は結婚しかないでしょ?
あさひさんとはやく同じ名前になりたくてほぼ毎日プロポーズを重ねる事、172回。
…こればかりはさすがに、今までのようにはいかないようだ。
「ふぅ~…。遅刻ギリだったわ~。」
鞄を放り投げ、椅子にドカッと腰かけた。
( なんであさひさんは結婚してくれないんだろ。 )
考えても考えても答えが出ない。あんなに仲良しなのに、ラブラブなのに。
結婚に関してだけは、絶対に首を縦に振らないあさひさん。
「ちょっと。もしかして今日も失敗?逆プロポーズ。」
回転椅子で突撃してきたのは同僚の真美ちゃん。
いつもあさひさんのとのことを相談している、職場唯一の友達。
「う~ん、困らせちゃったよ。だから次はセクシー路線でいこうかと…」
( そう。きっとあさひさんは可愛い系の女の子は好みじゃないんだな。)
そんな私の独り言を聞きながら、真美ちゃんは大きなため息をついて、 私の肩をぽんぽんと叩きながら諭すように話し始めた。
「あんたさ…可愛げのないところがだめなんじゃない? おっとりあさひさんでも、ガッツく女は嫌いなんでしょ。」
同情するような、蔑むような、そんな目で私をみる。
その後も今晩飲みに行こうとか奢りがどうとか聞こえたけど、 真美ちゃんの言った「嫌い」の一言が頭にこびりついて離れなかった。
「…ただいま~、あ!あさひさん!」
「お!お帰り。飯、できてるよ」
私のエプロンを雑に巻いたあさひさんが、お玉片手に出迎えてくれた。
( 嫌い、か。どうせ真美ちゃんの持論だし、関係ないよね。)
先に着替えなさいと急かされて寝室に入ると、綺麗に畳まれたタオルがあった。 あさひさんのこういうマメなとこ、やっぱりすきだな。
リビングに戻ると、空腹を刺激する匂いとあさひさんの笑顔が待っていた。
味の安定しない味噌汁と、あさひさん好みの柔らかめごはん。 こんな風に私より帰りが早い日は、いつも夕飯を準備して待っていてくれる。
いつまでも、こんな日常が続いてほしいから、だからあさひさんと結婚したかったんだ。
うまいうまいと幸せそうに頬張るあさひさんを見ていたら、こっちまで幸せになるよ。
…うん。結婚なんて、いいや。 だって、あさひさんに嫌われたくないもん。
嫌われるくらいなら、このままでいい。
この ≪ 日常 ≫ が続くなら、それが幸せだ。
あれから2か月が経った。あさひさんとの仲は良好だし、プロポーズ大作戦がなくなったおかげか仕事も順調だ。
きっとこれから先も、私たちの関係は変わらない。つかず離れず。でもそれでいい。
階段をひとつとばしで上る。このドアの向こうにある、いつもと変わらない私たちの ≪ 日常 ≫。
「あさひさんっ、ただいまです!」
「おう、おかえり。ちょっとさ、ここ座れ。話がある。」
( え?『おかえり、飯できてるぞ』じゃないの? )
机の上には小さい箱がひとつ。 あとは少し落ち着きのないあさひさん。
鞄を置いていそいそとリビングに入ると、ソファの上に腰かけていたあさひさんが、隣においでと腰をずらした。 時計の秒針と蛇口から落ちる水滴の音だけが、静かな部屋に響く。
そして、今にも消えそうなあさひさんが口を開いた。
「この2カ月、あまりにも静かだったからさ、正直驚いたよ。」
手で口を覆いながら話すあさひさんの目は、少しだけ苦しそうに感じた。
「正直、怖かったんだ。結婚とか、考えないといけない年なのはわかってたんだけど。 お前の一生を背負う、覚悟ができてなかったから。」
「待たせて、ごめんな」
あさひさんが小箱を手に取り、私に向けてゆっくりと開いた。
箱の中には小さなリングがひとつ、見惚れる間もなくあさひさんの手に渡り、私の左薬指におさまった。
参照:https://trend-ring.com/column/01/
「結婚しよう、今度こそ。」
なんだそれ、ばかやろー。
このままでいいなんて、日常が幸せだなんて、自分を納得させようと、押さえつけてただけで。
やっぱり嬉しいよ、あさひさん。
私を抱きしめてくれるこの太い腕も、大きくて厚い背中も、やっと私のものなんだ。
全部全部、わたしのものなんだ。
172回のプロポーズがやっと報われたこの日から、私たちの日常は変わっていく。