エピソード紹介集。都会の冬に見つけた最大の愛
今年の冬は暖冬だーなんてニュースで言ってたけど、あれ絶対嘘ね。
暖冬だったら雪なんて降らないっつーの。手袋してて手かじかむとかないっつーの!
十代の頃に地元・東北から上京して以来、毎年のようにここ東京にも雪が降る。
帰りたい、戻りたいと思いつつも、私なりの”成果”を上げないことには易々と帰るわけにいかず。
「あ~…ビールうまぁ…」
仕事おわりの金曜日。こたつに入って鍋をつつきながらのビールほどうまいものはないと思う冬。
温まった部屋の中でごろごろと過ごす週末の尊さたるや!これを超える幸せなんて知らん。
ほろ酔い気分で一息ついていると、空調で煽られたカーテンの隙間から、ほんの少しだけ外が見えた。
ビール片手になんとなくベランダに出ると、頬に触れる外気は氷のように冷たく缶をぎゅっと握りしめた。
( 東京は綺麗なところだなぁ )
こんな時間にもかかわらずビル灯がこうこうと輝く東京の夜景は、なんだか故郷に似て非なるものだと感じる。
それがなんなのかは分からないが、いつみてもこう、胸を締め付けられるような懐かしさがある。
「…うっひゃ寒ィー。お前こんなとこいると風邪ひくぞ。」
私の後を追って部屋を出てきた奴はぶっきらぼうに羽織りものを手渡すと、空いた手をポケットに突っ込み背中を丸めて隣にピッタリと立った。
奴は俗にいう彼氏というやつで。
気が付けばもう付き合って5年、覚えてないくらい前からなし崩し的に一緒に住んでいる。
最初はなんだか食えない奴でお互いけん制しあっていたのが遠い昔の話のようだ。
「うわっわっ、ちょっと!」
私の手から無理やりビールを奪い取ると、
「夜景綺麗だけどさー、やっぱ味気ないよな。」ぐいっと缶を傾けて奴は呟いた。
そういえばこいつは九州の出身、きっと私が感じていた謎の「締め付け感」を感じているのだろうか。
奴の横顔もまた、どことなく寂しそうに見える。
「やっぱ都会の夜景も綺麗だけどさ、田舎の星空に敵うもんはないわな!」
赤ら顔をニヤリと歪ませ、私に微笑みかけた。 こういうところが好きで、一緒にいるんだと思う。
あ、赤ら顔とか酒に弱いとかでなくね(笑) 田舎の良さ、都会の良さを分かったうえで一緒に東京で頑張ってくれるから。
お互い九州と東北で地元は遠く離れているけど、故郷を思う気持ちや都会にかける思いは一緒だ。
「でもさー、子どもの頃は東京に住んで仕事して、…こんな風な生活送るなんて夢にも思わなかったよ。」
ふとした瞬間に思い出す、子どもの頃の記憶。
地元に就職して、地元で結婚するとばかり思ってたけど、 まさかこんなに離れたところで『一生を共にしたい』と思える人に出会えるなんて考えもしなかった。
すると思考を読まれたかのように奴が私の顔を覗き込んで鼻先に触れるだけのキスを落とし
「風邪ひくから。」
と私の腕をとり、その日は奴の腕枕の中で眠りについた。
「あざっしたぁ~」
帰り道、何の気なく立ち寄ったコンビニに冬季限定の酎ハイが売っていて、思わず手に取ってしまった。
しかも私には到底似合わないいちご味。ミーハーな奴はきっと目を輝かせてくれるんだろうなと外に出ると、さっきまでは降っていなかったはずの雪が。
(うわ…傘とか持ってきてないしな。…走るか。)
これでも社畜の端くれ、タイトなスカートに7cmのヒール靴で雪道を颯爽と駆け抜ける。
こんなの地元東北では当たり前のことだから、転ぶことはおろかよろめくことなく家路を急いだ。
どんどん強くなる雪に視界はぼやけ始めたころ、私の上だけ雪が止んだ。
「ねえ、ダッシュで帰ってくるくらいなら電話しな?行き違いになったじゃんか。」
降り止んだように思えた雪は私の思い違いだったらしく、目の前には傘を差しだす奴がいた。
その『ヒーローは遅れてやってくる!』みたいなベタな登場に思わずニヤリと歪んだ口元はマフラーに隠して、二人手を繋ぎ家路を急ぐ。
帰り着いてそうそう奴は私を置いて脱衣所に向かい、綺麗なタオルを持って戻ってきては濡れた私の頭を念入りに拭いてくれた。
そして私に『飯作ってっから』というとパジャマとタオルを渡し、風呂場に向かうよう諭された。
こういう世話焼きなところ、ずぼらな私にはすごく居心地がいい。
お風呂から上がり髪を乾かしていると、リビングからおいしい匂いが漂ってきた。
「お、ちゃんと温まったか?風邪ひくといかんからな。」
目線はダイニングテーブルから移すことなく、てきぱきと夕食の準備をする奴の手元は、私の好きな豆乳鍋。 鮭とタラと、私のすきなウインナー。
野菜もいっぱいで見ているだけで顔から体温が上昇し、胃腸が欲しているのがわかる。
定位置に座ると、ご飯とお箸をすかさず渡されて「待たなくていいから食えー」とキッチンから声がした。
目の前には大好きなお鍋。もちろん冷えたビールと、私が玄関に忘れてしまっていたはずの酎ハイも並んでいて、キッチンには奴の後姿が見える。
その背中を見ながら、一口、また一口と食べる度に気が付けば涙が流れていることに気が付いた。
地元から遠く離れた都会の中で、毎日背中に力を入れて踏ん張っている。
知らず知らずのうちに、たくさんのことを我慢していて、たくさんのことを犠牲にしてきたから、奴の優しさが今の私にとっては一番の癒しであり、生きる糧だったんだ。
いま目の前にあるこの食卓に、私が都会で実らせた”成果”が乗っている。
「おまっ、は!?なに!!なんか嫌いなもんあったか!?」
持っていたサラダを一度キッチンに戻し、急いで私の傍に駆け寄っては、エプロンの端で私の涙をぬぐってくれた。
「仕事か?仕事でなんかあったんだろ!な?しんどかったん?なんか嫌なことあったんか?」
そう問う奴の顔から目を離すこともできず、かといって泣き止むことすらできず全てを奴に委ねていると、 何も言わない私に痺れを切らした奴は、ふぅと一息つくと私の目をしっかりと見つめ、はっきりとした声で言った。
「結婚しよ。仕事、辞めていい。だからもう泣くな。な?」
一世一代のプロポーズが風呂上がりのすっぴんなんて世の女性は絶叫するようなシチュエーションにも関わらず、私は喜びと一生で一番の安心感に、声を枯らすほどに泣いた。
その日、その後のことは何一つとして覚えていない。
あの日の涙が「奴への思い」だったなんて言えないまま時は過ぎ。
”あっちについたら連絡いれること。来週仕事終わったらご両親に挨拶に行くから。頑張れ。”
お弁当に添えられていた手紙に書かれた整わない文字を見つめながら、お腹に手を当てる。
一日の最終便、キラキラと輝く東京の街を見下ろしながら飛行機はみるみる内に高度を上げて、あっという間に光は厚い雲に遮られた。
あの時感じた締め付け感も今はもうなく、「帰るべき場所」となった東京。
私と奴をめぐり合わせた東京でできた”最大の成果”と、今、故郷に帰る。