エピソード紹介集。父と彼が初めて病院で会った日。
私には付き合って5年になる彼がいました。
彼とは大学の時からの仲で、同じサークルで毎日を一緒に過ごすうちに皆とは違う特別な感情が芽生えていたんです。
私の家は私が小学生の時から父子家庭でした。経済的な理由により、私は父に引き取られました。
中学・高校生と思春期の頃には何度も父とぶつかりあいました。
ぶつかることすらせず、一言も会話をしないで何日も過ごしたこともあったと思います。
父にとっては、私と2人で暮らす上での葛藤は大いにあったことでしょう。
どうしたらいいのかわからない。
そんな表情をしている父の横顔をよく見てきましたし、それを理解していても父に対してどう接したらいいのか悩んでいたからです。
学生時代に何人かとお付き合いはしていたものの、父に付き合っていた彼を会わせたことは一度もありませんでした。
無口な父だったので、きっとどんな人を会わせても反応はあまりないだろうと思っていましたし、何より当時は恥ずかしくて、家に連れてきたこともありませんでした。
そんな中、彼からプロポーズをされたんです。
付き合い始めた時に、よく2人で行っていた公園での出来事でした。
嬉しいプロポーズ・・すぐにでも受けたかったけれど、まだ父に会わせたことが一度もなかったことが引っかかり、その場で答えることが出来ませんでした。
彼は、父に会いたいと言ってくれていましたが、私がなかなか勇気を出せずにいて、先延ばしにしていたのです。
あるとき、彼の家でいつも通りテレビを見ながらゴロゴロしていると・・急に私の携帯が鳴りました。
それは最寄りの病院からの着信で、父が事故で運ばれきたという知らせでした。
気が動転した私はすぐにタクシーを探そうとしましたが、隣にいた彼から一言「俺のお父さんになる人だから、俺にも手助けさせてほしい」と言われました。
彼の運転で病院まで向かうと、病室には包帯を巻いた父の姿が。
父は全身に打撲がありましたが、命に別状はないということで、意識もしっかりしていました。
その時の私がどれだけ安心したことかわかりません。
父の容態を聞いている間、しばらく彼は病室の外で待っていてくれました。
私は決意し、父に初めて勇気をもって伝えました。
「・・会わせたい人がいるの」私の口から出た言葉はこれで十分でした。
病室に彼を呼び紹介したところ、彼がこう話し始めました。
「お父さん。挨拶が遅くなり申し訳ありません。いまお付き合いさせて頂いています。こんな時なのですが・・」
するとその言葉を遮るように、父が「ふつつかな娘ですが、どうかよろしくおねがいします」と低い声で言いました。
その父の一言を聞いたときに、プロポーズを受けよう。家族になろう。と決心しました。
いつの間にか涙がたくさん零れ落ちていて、父とも彼とも誠実に向き合っていこう、と感じました。
それから父は退院して、もちろん私たちの結婚式にも出席してくれました。
いつもは口数は少ない父だけど、私のことを大事に育ててくれていたことが痛いほど伝わってきて、私も彼とあたたかい家庭を築いていきたいな・・と思っています。